【第一部】事業と女で失敗した私の壮絶過ぎる闇金体験談(闇金まっしぐらの借金奈落落ち編)

ヤミヤミへ寄稿された、体験談を紹介します。

 

山岡さんより投稿いただいた体験談を三部作でお届けします。
闇金体験談(山岡さん)

  1. 闇金まっしぐらの借金奈落落ち編 ←現在のページ
  2. 闇金借入すったもんだ編
  3. 闇金ストーリー壮絶返済編

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■私のような壮絶な借金地獄を味わう人が一人でも減ればと思い。。。

 

私は40代半ばの自営業者です。

 

現時点では小さな広告業を営み、なんとかサラリーマンの月収程度の収入を得ることができるようになって人並みの生活を送ることができるようになっている私。ですが、ここまで人生を再建させるのに5年近い年月を必要としました。

 

30を前にした若かりし頃に(血気盛んな時期です)、知り合いから事業と会社運営を任され、「自分は優秀で凄い人間だ」と勘違いをしてしまった事が全ての始まりでした。

 

会社の金を自由に使える快感と、その金によってそれまで考えられなかったような派手な世界の女性たちとの交友を実現させ、私は徐々に自己崩壊し、借金地獄へとハマって行くことになります。

 

それまで地味な二部上場の商社のサラリーマンだった私は、借金や派手な世界の女性達とは無縁の地味な人生を歩んでいました。

 

給料には満足ではありませんでしたが、ボーナスが出た時に少し派手にキャバクラ等で遊ぶのがせいぜい関の山。そんな地味なサラリーマン生活をしていた私の価値観を崩壊させてしまったもの、それはやはり「金」と勘違いの「自分への自信」でした。

 

地味で堅実なサラリーマンだった私が、消費者金融からの借金をするようになり、その返済ができなくなって債務整理を行い、その後再度金が必要になり闇金融とのやりとりをするまでに落ちぶれてしまうまで、ざっと2年はかかっていないと思います。

 

それほどの短期間に人格も自分を取り巻く生活環境も激変してしまった私の人生。

 

私のような人間を増やす事はしたくないと思い、闇金にまで手を出さなくならなければならなくなってしまった事情をご紹介しながら、「闇金と付き合うと、こんな大変な事になる」という事を身をもって知った私の体験談を披露しようと筆をとりました。

 

「そんな悲惨なんだ、自分は闇金にまでは手を出す事はやめておこう」と思い直して下さる方が一人でも増える事を祈り、自分への忘備録としてもこの記事を遺していきたいと思っています。

 

■そもそも地味なサラリーマンの私に

 

30歳を前にした私は、「典型的」という言葉がモロにあてはまるように絵に書いたような地味なサラリーマンでした。

 

彼女は一応いるにはいましたが、大学当時からの同級生でときめくような恋愛をしていたわけではありません。

 

二部上場の商社マンとして仕事をしていましたが、商社では一部上場と二部上場では天と地以上の隔たりがあります。「商社マン」といえば聞こえは良いのですが、二部上場の商社っていうのは、要は「問屋さん」に過ぎません。

 

大きな石油プラントの仕事をまとめたり、海外に新幹線を売ったりといった仕事は全て一部上場の商社の独壇場ですので、私のいた会社に回ってくるのは、せいぜいその石油プラントに使う工場のパーツの一部を集めてくる程度の仕事です。

 

それでもそれだけの仕事を担当できれば良い方で、私が担当していたのは「ゴミの焼却炉」という何とも独特過ぎる商品で、仕事は地味そのもの。

 

ですが、この「ゴミ焼却炉」に携わってしたばかりに、私は借金地獄へと転落し、闇金業者と生死のはざまを行き来するようなやり取りをしなければならなくなってしまうのでした。今考えると何とも因果な話だと思います。

 

ちょうど仕事に夢も希望も持てなくなり、様々な疑問を持ち始めていた時に、「闇金地獄」へと直結する甘い誘惑を受けたのでした。

 

■「自分で会社をやってみないか?」という悪魔の囁き

 

あれば29歳の春頃の話だったと思います。

 

私が担当している案件の取引先の社長さんから、「自分で会社をやってみないか?」と突然声をかけられたのでした。

 

ゴミの焼却炉の販売なんて、事業スキームも提案方法も独特なものなので、なかなかまともな営業マンがいないというのが現状でした(今も変わってないと思います)

 

正体不明のブローカーが暗躍する業界ですので、地味ながらも仕事をこなす私は、良い意味で業界では異端児的に見られていたようです。

 

年中飲みに連れていってもらい、ゴルフや旅行などにも一緒に連れて行ってもらって可愛がってもらっていた取引先の社長さんからの誘いですから、私は嬉しさと同時に、「見てくれている人は見てくれているもんだ」と変な勘違いをしてしまっていたのでした。

 

三十路を前にして安月給のサラリーマン生活に嫌気がさしていた事は偽らざる事実です。

 

しかも自分を可愛がってくれていて、羽振りも良く、「俺もあんな風になりたいなあ」という社長さんからの直接のアプローチですから、30前の私が舞い上がってしまったのは言うまでもありません。

 

3000万円の出資金まで準備してくれるとの事で、私は見たこともない札束を目の前にして冷静ではいられなくなってしまいました。

 

早々に会社に退職届を提出し、できもしない「会社運営」という世界へと足を踏み入れてしまったのでした。

 

■しかしながらも、始めてみれば結構順調な会社運営

 

金というものは恐ろしいもので、口座に大量の金が入っているというだけで、人間の気持ちを強くします。

 

その「強くする」という事が様々な勘違いを生み出し、多数の悲劇を生み出す元凶になってしまうわけでありますが、若かりし自分にそんな事を気付けと言っても、それは酷というものです。

 

私は金が与えてくれた偽りの自信を手に会社運営に乗り出した所、ハッタリが功を奏したのは、事業開始当初は会社の売上は順調そのものでした。

 

いきなり2件の焼却炉の売却が決定し、会社の口座には元の3000万円から増えて、6000万円以上の金がストックされるようになっていました。

 

会社の経営を始めると、当然ですが会社の金を自由に使うことができるようになります。

 

もちろん、経費という名前のコストですから、厳密には仕事に直結するものでなければ会社の金を経費としては使えないわけですが、そこは「接待交際費」という魔法の言葉があります。

 

事業の船出の思わぬビギナーズラックもあり、私は夜の派手な世界に足を踏み入れてしまうようになってしまっていたのでした。

 

当然、昼間は真面目に仕事を頑張っていました。というか、夜楽しく遊ぶために昼間思いっきり仕事にのめり込んでいたという方が正しいかもしれません。

 

仕事が終わり1軒目の接待が終われば、クラブで派手な女性たちが私を迎えてくれました。

 

自分の金ではなく、会社の金ではありましたが、50万100万の金は自由になる立場でしたので、それまでの人生では話した事もなかったような美女が色目を使って自分にすり寄ってきました。

 

元々女性への免疫はありませんから、私を骨抜きにするなど彼女たちにとっては朝飯前です。

 

ビギナーズラックもあってかなり会社は儲かっていましたが、実際かなりのお金を使ってしまっていた私がそこにいたのでした。

 

よく行くクラブに闇金業者の経営者が客として出入りをしており、私のステディの女性から、「山ちゃん(私の愛称です)、彼らとは近づかないほうがいいよ」と言われていたのですが、それが将来の闇金地獄のプロローグになっていたとは当時の私にはしるよしもありませんでした。

 

■「リーマンショック以降」 よく聞くニュース言葉が私には実害に

 

「リーマンショック以降」という言葉を良くニュースで耳にされるかと思います。

 

アメリカで絶対に倒産しないと言われていた最大手の証券会社リーマン・ブラザーズが倒産する事によって世界の経済が大混乱に陥った事件を「リーマンショック」と呼んでいるわけですが、その影響は一般の人には間接的なものだと思います。

 

ですが当時の私はリーマン・ショックの直撃弾を受けた人間の一人となっていました。

 

まず、私のスポンサーでもあった社長さんの会社が株で大きな損失を出し、リーマンショックからわずか2ヶ月で倒産。

 

加えて契約話が進行していた私の取引先3社が相次いで取引のペンディングを申し入れてきました。

 

また、私が総代理店契約をしていた焼却炉のメーカーもリーマン・ショックの影響を受けてパーツを取り寄せる資金繰りが悪化して、「前金30%の所、申し訳ないが50%入れて欲しい」と言い出す始末で、順調だった私の事業経営は一瞬にして青色吐息になってしまったのでした。

 

事業が好調な時ほど現金は内部留保に回すのが経営の鉄則なのですが、何千万もの金が自由になる三十路前半の若者にそんな事がわかるはずはありません。

 

調子にのって不動産投資などにも手を出していた私の会社には、わずかばかりの可処分所得があるだけです。

 

何とか1件、ギリギリで契約がまとまって1千万が入ってきた為、その金で会社を維持していかなければならなくなったわけですが、会社運営をする上での1千万という金額は決して十分な金額ではありません。

 

ましては何千万、種類によっては億単位もする高額な「ゴミ焼却炉」という商品を取り扱うには1千万という金額では少なすぎました。

 

私はリストラを迫られる事になったのでした。

 

■リストラで事務の女の子をクビにした。そこから一気に消費者金融の門を叩く身に

 

1千万の原資だけでは大きな商いを行うのは不可能です。

 

私はゴミ焼却炉の販売総代理店という看板は取り外し、「効率的なごみ処理方法」を提案するコンサル会社へと業態を変化させたのでした。

 

事務員の女の子はクビにして、自分ひとりだけの「一人会社」です。

 

ですが、狭い業界ですから、事務員の女の子をクビにしただけで、「山岡(私の会社)の会社はヤバイんとちゃうか?」という風評?が一気に広まります。

 

私は正当な事業縮小として女の子のクビを切ったつもりだったのですが、それが大きな思い違いだった事を後から思いしらされる事になります。

 

「社員の解雇=取引先としては危険」。このレッテルが貼られてしまう業界にあって、私の取った行動は致命的でした。

 

何とかコンサル契約だけは検討してくれていた会社からも、「事務員の女の子辞めたのかい?」とわざとらしい探りを入れられ、あらゆる取引は全てペンディングにされてしまったのでした。

 

■それでも夜の華やかな世界からは足を洗えない

 

「四面楚歌」「八方塞がり」という言葉がありますが、当時の私がまさにその状況でした。

 

それまで何とか取引のツテがあった会社からも門前払いされるようになり、完全に新規の会社を開拓してはなんとかコンサル契約をしてもらおうと営業活動をしてはいたものの、「取れても月に3万の顧問料」といったのが関の山で、とても以前のようなまとまった収益を得られるような状況ではありませんでした。

 

もう口座には300万円ほどの金しか残っていなかったわけではありますが、一度知ってしまった夜の華やかな世界からはなかなか抜け出せるものではありませんでした。

 

会社運営をするには300万円というのはあまりに心もとない金額ですが、夜遊びをするにはサラリーマンの年収程度の金はあるわけです。

 

私の勘違いと欲望は抑えられずに、夜のクラブ通いを続けているうちに、口座の残高はあっと言う間に100万円を切るまでになってしまっていたのでした。

 

■銀行など無理。借りるなら消費者金融しかなかった

 

経営の素人の若造が、運だけで一丁前に会社経営などしていたわけですから、事業が後退しはじめた時の備えなどしているはずもありません。

 

事業が好調な時に銀行や信金などとの信用関係を構築しておけば良かったのですが、「右肩上がり」を信じてやまなかった私は、営業の挨拶に来てくれた銀行や信金筋の営業マンたちを門前払いにしてしまっていたのでした。

 

そのような状況で手を差し伸べてくれるのは、消費者金融しかありません。

 

現在では総量規制などの規制があって、借入の限度額には様々な制限が加えられているのですが、当時の消費者金融は「所得が確か」であればあまり限度額に関しては厳しい規制がなされていない状況でした。

 

私は対外的には年収1000万円を超える給料を「貰っていること」になっていましたので、消費者金融に借入にいけば、「100万円で良いのですか?300までは大丈夫ですよ」と逆に言われるような状況でした。

 

前年の業績は好調でしたので、会社の帳簿を提出すれば、どこの消費者金融でもすぐに金を貸してくれるような状況でした。

 

私は「遊興費が必要でね。業績は悪くないんだが、同棲している婚約者が会社の金を使うとうるさくてね。それと、色々と要りようになった時にイチイチ会社を通すと面倒くさいから、気軽に金を用意してくれる所を作っておきたいと思ったんだ」と今にして思えば意味不明の借入理由を並び立てて、借りれるだけの金を借り入れて、そのまま夜のクラブへと直行するような荒れた生活を送るようになっていたのでした。

 

借入に行く時には、オメガの時計を身につけてアルマーニのスーツでビシッと決めて出かけていましたが、台所は火の車でした。

 

わずかばかりのコンサル顧問料と、なんとか進行していた大型の焼却炉の販売案件の入金、これだけが一縷の望みでした。

 

ですが、その一縷の望みの商談も結局ご破産になってしまい、私は月に7万円ばかりのコンサル料のみの収入しかないという身分に落ちてしまっていたのでした。

 

■消費者金融の借金残高は600万円超え。気付けば返す金がない

 

夜の華やかな世界は人間の感覚を麻痺させます。

 

私は無人契約機でお金を借り入れ、その金で飲み歩く生活をしていたわけですが、クラブに入ればそんな事は全て忘れさせてくれます。

 

「サラ金ATMで借りてそのままクラブへ」、こんなあり得ない生活でも、クラブで過ごす3時間ほどの間は現実を忘れさせてくれるものがありました。

 

一度大金を手にして、更に事業拡大の可能性も大いにあったアドレナリン満タンの一年前の快感を覚えてしまうと、チマチマとサラリーマンなどに戻る気も失せてしまいます。

 

そんな生活をしているうちに、借金の累計は600万円を超え、借金で借金を返すようないわゆる自転車操業の状態になってしまっていたのでした。

 

そのような状況になると、大手の消費者金融では借入を渋られるようになります。

 

私は滞納だけはしないようにしていたのですが、オンラインから借入残高がわかるのでしょうね、10万借りたいのに、「3万円が限度です」などと言われるようになってしまっていました。

 

そんな時は駅前の雑居ビルに入っている名前も聞いたことがないような消費者金融が頼りです。

 

一応都知事の認可番号もありますし、金利も20%台に収まっていましたので、ヤミ金融業者とは違っていたのでしょうが、あまり良いとは言えない接客態度の社員が対応する消費者金融であれば、雑居ビルの上から下まで回れば何とか金は貸してもらえるという状況になっていたのでした。

 

ですが、もうそのような状況に陥ると、破綻までそう時間はかかりません。

 

それらの無名の消費者金融までも金を貸してくれなくなり、まず遊ぶ金がなくなり、次に返済に回す自転車操業用の金すらも底をついてしまうようになったのでした。

 

■連日の取り立て。近づく闇金の靴音

 

返済日に返済に行かず放置しておくと、「見事」というばかりに翌朝の9時に携帯の着信がなるようになります。

 

サラ金規制法があるので、あまりにシツコイ催促は禁止されているのですが、月末払いの業者が4社あったので、全部延滞にしたらほぼ携帯は鳴りっぱなしのような状況になっていました。

 

私はクラブの懇ろになった女性(金がなくなっても、まだ関係が続いていたのです。その事が私を闇金に叩き落とす事になったのですが)とのホットラインがその番号の携帯になっていましたし、今ほど携帯の番号を自由に変えられる時代でもなかったので、携帯の電源を切るわけにもいかずに、不気味にバイブが「ブー、ブー」となり響き、あまり気分の良いものではありませんでした。

 

3日も電話を放置しておくと、部屋のドアベルが鳴らされるようになりました。

 

最初は居留守を使っていたのですが、買い物帰りにバッタリと玄関で業者の取り立てに出くわしてしまい万事休すです。

 

ですが、さすが大手消費者金融の取り立てです。対応は極めて紳士的でした。

 

「返済が滞っておりましたので、ご様子を伺いに参りました」

「返済方法に関してはあらゆる相談にのらさせて頂きますので」

 

私は「返したくても金が無いから1ヶ月待ってよ」と誠意のない態度を取ったのですが、彼らもプロでしたね。

 

顔色1つ変えずに、絶対に威圧感や恐怖感を抱かせないように柔らかい慇懃無礼な態度で「返済計画だけでも」「一度弊社までご足労頂けませんか」を繰り返すばかりです。

 

「一ヶ月後に入金があるから、それで返すよ」

 

私は面倒臭くなってしまったので、そのように本当はアテのない話をして、何とかお引取りをしてもらっていたのでした。

 

6社滞納させて実際に家まで取り立てに来たのは3社でしたが(後は物々しい郵便物による催促)、いくらサラ金規制法で物腰が低いと言っても、眼の奥には、「金返せコラ」という強い意志が感じ取られしますので、3社で延べ7回の訪問を受けると、さすがにげんなりとします。

 

返す当てもなく私は途方にくれていたので、夜逃げも考えましたが、クラブの懇ろの女性の事を考えるとそうもできません。

 

民主商工会の事務をしている友人を頼り、信頼できる弁護士さんを紹介してもらい、早々に自己破産の手続きを踏んで債務整理へと乗り出したのでした。

 

■自己破産も無事に免責 再出発のその日に悲劇が

 

友人が勤める民主商工会の顧問の弁護士さんという事で、報酬も分割で応じてくれたりして非常に親切な対応をしてもらえました。

 

自己破産の手続きも殆ど弁護士さんにお任せで、私が実際に裁判所等に出向く等したのは2回だけ。「こんなに楽でいいのかな?」と思ってしまった事をよく覚えています。

 

晴れて免責が下りた日、弁護士さんから、「良かったね山岡さん、免責下りましたよ」と電話をもらい、最悪だった借金漬けの日々、そして鬱陶しい取り立ての日々から開放され、「彼女(クラブの女)と結婚する為に、コツコツサラリーマンに戻って再出発しよう」と意を決した時に、悲劇が起こりました。

 

たちの悪そうな男を連れて彼女が私の家に訪れ、その男から「おい、なに人の女房孕(はら)ませとんじゃ」と言い渡されたのでした。

 

まともな組織に属しているとは思えない男は実は彼女の夫で(既婚者とは聞いてもいませんでした)、彼女は実際に妊娠をしていたのでした。

 

再出発の日、嬉しさと開放感で満点だった私を一気に奈落の底に叩き落とし、闇金から金を借りざるを得ない状況に、このあと私は放り込まれてしまうのでした。

 

 

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違法な闇(ヤミ)金業者の手口や情報を配信することで、闇金被害にあう方が少しでも減ることを願っています。
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